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ホーム > みどりのさと > 第3話 ~隠し井戸、水廊跡残る田原城址~
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 私は、特定非営利活動法人桃源郷のさと(以下「法人」)の理事として、主に田原地域の耕作放棄地の解消や景観保存の取り組みに参加をしている。 この法人の会員は、その大半が同級生と云うことで、わけ合いあいの中にも、一定の使命感・緊張感を持って活動を続けている。 同級生も、皆、同い年なのだから当然ではあるが、齢を重ね、高齢者の仲間入りすることとなり、誰からともなく、地域に何か恩返しのできる活動をしようではないかと立ち上げたのがこの法人である。   先日も、今年の定時総会を開き、平成28年度の活動計画や予算を審議、決定したが、来賓としてお招きした四條畷市の西尾市民生活部長から、「しっかりと地域のことを考え、議論し、活動を進めていただいており、うれしい限りです。   また、四條畷市では行政と市民協働のまちづくりを進めていますが、なかなかうまくいくケースが少ないのですが、この法人の活動は、私ども四條畷市は勿論のこと、大阪府などとも連携を図っていただいており、行政・市民協働の取り組み事例としてぬきんでた活動と評価し、期待申し上げています。」と、大変おほめに預かった。 田原の伝統的な田園風景を少しでも維持することができれば、と全員頑張っている。   そして、新年度の事業の一つとして、田原城址の保全活動を盛り込んだ。 これは、四條畷市の里山保全活動補助金をいただいて、田原城址を里山として良好な状態で保全を図ろうとするもので、一昨年には、田原城址の北西斜面の間伐作業を行った。チエンソーを使っての、比較的太いクヌギの木など雑木伐採であったが、誰一人けがすることなく無事終えることができた。地域からも、早速に、「下の道路から田原城址の本丸跡がよく見えるようになった。ありがとう。」との声をいただいたが、同時に、残る斜面、法面の伐採もしてほしいとの要望を受けていたのである。 あまり大がかりのことは考えず、地域に喜ばれるように、少しづつ整備が進めばと、みんなで話し合っている。   地域が動けば、行政も動いてくれる。斜面を伐採したことで、本丸跡からの眺望は良くなったが、一方、狭い本丸跡から斜面を転落する危険が増し、行政に対策をお願いしていたが、地元上田原区の協力もあり、行政主導で転落防止柵を整備していただいた。簡易なものであるが、訪れる人にとっては安心だろう。 さて、この田原城址だが、最近の古城ブームや街歩きに乗って、訪れる人が増えている。 少し紹介をしよう。   南北朝時代から戦国時代にかけての城館跡で、飯盛山から東に延びる標高178.6メートルの屋根上にあり、本丸跡は南北26メートル、東西7メートルほどの削平地となっている。 本丸と二の丸を区切った堀切は、深い溝を掘って、大勢の敵が一度に攻めてこないように工夫がしてあり、水攻め対策の隠し井戸は人目のつかない場所に複数個所ある。地元で殿様屋敷と伝わる屋敷跡では、深さ7.2メートルもある石組み井戸も発見されている。また、一見して畑、又は水田跡と見える三段ほどの水廊跡も残っている。 また、北西の屋根は飯盛城に続いており、城の周囲は、空堀、天野川、北谷川で護られ、堅固な城のつくりとなっている。城主、田原対馬の守が弓矢の練習をしたと伝わる「矢の石」が、田原城址の北方、古堤街道の向こうの民家の横に今も残る。飯盛城につながる城内道筋には夜泣き地蔵も祀られている。   非常に小さい田原城址であるが、中世山城の機能を身近に感じることのできる遺構がたくさん残っており、畿内を治めた三好長慶の東の護り、大和の護りにあたった竹矢来の砦があった頃に想像をはせることができる。城主が居を構える城ではなく、あくまでも、敵に対して備える砦としての機能を持っていたものと思う。 法人としても、ここ、本丸跡に、できれば田原城を再建したい、との強い思いを持っているが、遺蹟との関係もあり、そう簡単な話ではないようである。 周辺には、竹林が広がっているので、本丸跡の一角に竹工房をつくり、子ども達と一緒に竹細工遊びができればと思っている。今の時代にあうか合わないか、問題もある。が、その中で、例えば、竹で弓をつくり、矢の石に向かって当てることができれば、田原対馬の守の心境に迫れるのではないか、と想像すると楽しくなる。   田原城址に上がるには、南北大きく二通りの道がある。南から上がるのが本道で、市が設置した表示板に沿って登れば、おのずと本丸跡に辿りつく。 また、北から上がる際は、北谷川にかかる橋を渡るのだが、左右に欄干がないので十分注意していただきたい。北から上がると、先ほど述べた水廊跡や隠し井戸を見ることができる。 なお、田原城址のある地区は、八の坪と云うが、小字としてはない。台帳上は「土居の内」となっている。周辺の水田地帯より30メートルほどの土の砦をめぐらした中世の城郭で、いわゆる、岡城である。ここを八の坪と云っている。 また、この山は生駒山系にあり、地域では城山とは言わず、「住吉さん」と云う。本丸跡の一角に、今も、古い、小さなお社が建っている。磐船神社の分祀で、上田原の住吉神社(石風呂のある)より古いものである。   最期に、郷土史かるたをご紹介しよう。 「四條畷郷土史かるた」より そそりたつ 田原城 門口矢の石隠し井戸 「郷土史かるた 田原の里」より 弓矢なく 本丸跡に 八の坪の住吉さん 2016.05.26                
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