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ホーム > みどりのさと > 第21回 市民が選んだなわて八景
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◆かつての田原は、のどかな田園風景が広がった

田原地区を含めて四條畷市には多くの歴史的遺産が残っています。また、山と緑に恵まれた楠の香豊かなまちです。 今でこそ田原地区は人口1万人近くの大阪のベッドタウンと化しましたが、かつては田園風景と山野が広がるのどかな村でした。田原小学校といえば大阪府一の小規模校、大阪の小規模校といえば田原小学校が定説でした。私が通ったかつての田原小学校は、1学年平均15名程度で、1年から6年までクラス替えなしで、おまけにほぼ全員隣接の、というよりも同居の田原中学校に進学したため、都合9年間クラス替えを経験しない子ども時代でした。 ですから、高校に進んだときは、私の場合、1学級50人の11クラス、総勢550人でしたので、その多さに圧倒された記憶が残っています。 少し話がそれましたが、四條畷市には「市民が選んだなわて八景」があります。今回は、そのなわて八景をご紹介しましょう。なお、使用する写真等は、四條畷市公式ホームページからの転載です。

◆なわて八景の元は自然

下の地図を見ていただくと分かりますように、なわて八景は、西武市街地に3か所、中央の飯盛山周辺に4か所、そして東部の田原地区に1カ所あります。 ●なわて八景所在地                         小楠公墓所の楠  四條畷の合戦のあった正平3年の、約82年後に若楠を植えたとの記録が残っていますので、この小楠公墓所の楠の大樹は、現在、樹齢約580年になったといえます。 当初2本の若楠であったものが、成長とともに一本に相和し、正行公のために建てられた小碑を包み込んで、現在の、幹回り約12メートルに及ぶ大木に成長しました。 この楠は大阪府の文化財に指定されております。そして、小楠公ゆかりの地である四條畷市の「市の木」は、楠です。   四條畷神社  正平3年1月5日、四條畷の合戦において楠正行は正時ら楠一族の武将とともに討死をします。そして、楠正行を主神とする四條畷神社が、明治23年、創設されました。 小楠公墓所の真東1㎞の、飯盛山裾に鎮座する四條畷神社は、明治期、浪速鉄道(現在のJR学研都市線)が敷設されますと、1年間に30万人もの人が全国から訪れるにぎわいを創出しました。四條畷神社創建が契機となって、警察や学校等の公共施設が次々とその冠に四條畷を使うようになり、ついには昭和7年、甲可村改め四條畷村となりました。   四條畷神社の桜  四條畷神社は、飯盛山に通じる登山道の一つの入り口でもあります。春になると、四條畷神社の桜が、市内外から訪れる多くのハイカーを楽しませてくれます。 春のぬくもり「飯盛桜」をながめながら登る飯盛山登山道。約1時間で辿りつく飯盛山頂に登ると、眼下には大阪平野が一望できる大パノラマを目にすることができます。天気の良い日には、はるか淡路島の向こうに四国、そして北に向くと京都市街地が遠望できます。 また、飯盛山頂には小楠公像が立っており、四條畷の合戦を前に吉野如意輪寺を訪れ、辞世の歌を記した様が表されています。   緑の文化園  緑の文化園は、飯盛山室池周辺に広がる大阪府民憩いのリフレッシュゾーンです。 緑の文化園には、自然観察遊歩道が巡る「水辺自然園」、子どもから大人まで冒険が楽しめる「森の宝島」等のエリアがあり、休祭日には、ハイカーやマイカーによるファミリーが自然の中で過ごす姿が広がります。 緑の文化園内には、シャープのアイアイランドや住友グループの生駒セミナーハウスなどの企業の保養施設や体育施設、そしてさまざまな遊びや工作等を通じて室池の自然と触れ合い、自然の楽しみ方を学ぶことのできる森の工作館などがあります。   室池の散策路  かつて亰の都に氷室から作った氷を運び込んだという、澄んだ水の室池と、その室池を取り巻くように広がる落葉樹の間を縫うように走る自然観察遊歩道は、間伐した木材を加工したチップが敷き詰められ、まるで絨毯の上を歩く感覚で楽しめる人にやさしい散策路です。 馬文化発祥町、四條畷ですので、かつてこの地を馬に乗って優雅に散歩する貴族の姿が見られたのではないでしょうか。私は、この地で馬車を走らせ、市民がゆっくりと散策を楽しむことができれば、とひそかに願っています。   室池  室池は、飯盛山東方に位置し、標高約270メートルの地に、砂溜め池、中池、古池、新池の4つからなる総面積17ヘクタールの池です。 延喜式によれば、室池は江戸期まで氷室池(ひむろいけ)と呼ばれており、山深く夏でもひんやりとしたこの地では、冬の間に池の氷を切り出し、「室」(むろ)に貯蔵して置き、それを夏になって取り出し、宮廷に献上したのです。かつて、室池周辺には多くの職人らが住んでいたといわれており、室に使った田の後、そして今も「室」の跡と思われる場所が残っています。   権現の滝  奈良時代の僧、行基が、水不足で困っていた里人を救おうと、滝壺に衣を敷き、「雨降らせたまえ!」と祈願すると、龍王が姿を現し、「我、民を救わん!」とたちまち消えて、あら不思議、にわかに掻き曇り、大粒の雨が大地に降り注いだという民話が残っています。 誰云うともなく、この滝のことを”権現の滝”というようになりました。龍尾寺というお寺がありますが、この時、龍は頭、胴、尾とわが身を3つに裂かれ民を救ったものか、尾の落ちたところに建てられたのが龍尾寺と伝わります。龍尾寺は、紅葉の季節が最高です。   飯盛霊園の桜  飯盛霊園は、四條畷市、門真市、守口市、大東市の4市が運営する公立の霊園で、なわて八景の中で、唯一、田原の地区にあります。 さくら並木とツツジの植え込みが続く飯盛霊園は、春の訪れとともに5000本の桜が咲きほころび、国道163号が長距離にわたって渋滞するほど多くの人が訪れる、近畿地区を代表する花見の場所となっています。   ◆他にも、片田の棚田風景、田原城址本丸跡地など 以上、なわて八景を紹介しました。 なわて八景には選ばれませんでしたが、田原には、この八景に勝るとも劣らない風景が広がります。下田原、貝原益軒が「恰も桃花源記にかけるが如し」と絶賛した片田の棚田の風景、上田原、天野川と北谷川に挟まれ、古堤街道を見下ろす位置にある田原城址本丸跡地などです。 特に彼岸花が咲くころの、田原の田園風景は、黄金色の稲穂と赤い彼岸花のコントラストが映し出す最高の景勝で、多くのハイカーが訪れます。そして、冬になれば、地区の多くの民家の軒先には、吊るし柿が今もつるされ、昔懐かしのどかな風景が広がります。   2017.10.16 田原氏          
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